
渓流を歩き、火を焚き、魚をさばく。そういう時間のなかで、ずっと「ちょうどいい一本」を探していました。
アウトドア用のナイフは、大きすぎたり、頑丈さが足りなかったり。けれど現場でナイフを握るのは、実のところ調理の場面が圧倒的に多い。だから nincora の最初の一本は、小さく、軽く、調理に使いやすいことから設計をはじめました。

きっかけは、フィリピンの伝統的なナイフ「カランビット」でした。
もともとは稲を刈るための道具で、指を通すリングに小指をかければ、刈った稲を両手で結ぶこともできる。ナイフを手放さないまま、次の作業に移れる。 その使い方が、川辺での作業そのものだと思いました。魚を押さえながら、持ち替えずにさばく。リング形状は、そこから来ています。
いきなり鋼で作るのではなく、まずアクリルやMDFで何枚も切り出しました。
番号を振ったプロファイルを握っては削り、また握る。刃の反り、リングの径、指のかかり ― ミリ単位で少しずつ変えながら、「握ったときに自然と位置が定まる」形に寄せていきました。
設計で決めたことがいくつかあります。
ハンドルは、なくても使える。 グリップ材はリングの内側に収め、バトニングでも負荷がかかりにくい。もし割れても、ナイフとしては変わらず使えます。
ジンピング(滑り止めの刻み) は、親指と薬指が触れる位置に。細かな作業のときに指を支えます。
装飾のための形はひとつもありません。すべて、仕事から決まった形です。
ブレードは、水とサビに強い鋼を。 外で、濡れた手で使う道具だからこそ、防錆性をいちばん大事にしました。
ハンドルはマイカルタ。 繊維と樹脂を積層した素材で、最初はつるりとした表情ですが、使ううちに繊維があらわれ、少しずつ手に馴染んでいきます。
CADで立体を詰め、CNCでマイカルタを削り出し、ベルトグラインダーで刃を研いでいく。
モックアップで確かめたグリップとサイズを、釣りやキャンプの現場に合わせて、最後まで手で追い込みました。

最後は、川で。
北海道の渓流で釣った魚を、その場でさばく。濡れた手でも、リングに指を通せばナイフは安定して手から離れません。小さな鳥をさばくにも、ちょっとした工作にも、この全長 152mm がちょうどいい。持ち歩きやすく、けれど調理に困らないサイズ。
答え合わせは、いつも現場でしています。

